2009年12月31日木曜日

大晦日

 今日は雪が降った、明日の元旦も降るかな。午前中は職場の床をクリーナーでみがき、明日ワックスをかける予定。午後からは音楽を聴いている。今、1963年録音のカラヤンのカルメン全曲版を聴きながらこれを書いている。紅白歌合戦を見る習慣はないので、CDを聴きながら今年を終えることになる。年が明けるまで起きている習慣もないので、カルメンを聴き終えて床につく予定である。
 
 来年が良い年であることを願う。
 
 

2009年12月7日月曜日

ネット接続不良に振り回された1週間

 まず、前回のことから話を始めよう。自宅で光ファイバーを使っているが、今年の2月にネット接続が不安定となった。ときどきネットにつながらなくなり、何回も接続を試みるとつながるといった症状だった。ルーターのランプ表示には異常はなかった。この時はプロバイダー側の問題だと決めつけ連絡をとった。しかし、プロバイダーの調査では回線には異常なかった。プロバイダーに言われ、ルーターを通さずに直接光ファイバーとパソコンをつないだところ全く症状が出ずにスムースにネットに接続ができた。こうなるとルーターの問題ということになる。ルーターを買い換えると症状はピタリと消失した。ルーターの故障だったのだ。

 今回は11月終盤から、時々カチッと音がしてネット接続が切れるようになり、ルーターのネット接続に関するランプも消灯してしまう。その後徐々に切断の頻度は増えていった。前回の反省からプロバイダーを疑わず、ルーターの問題だと思い、11月30日ルーターを買い換えた。買い換えてから6日間ほどはよかった。しかし症状が再発し、しかもひどくなったため、12月6日販売店に相談したところ他社のルーターに交換してくれた。そのルーターにしてその日は良かった。しかし次の日、つまり今朝から全くネットに接続できない状態となった。ネット接続に関するルーターのランプも点滅してつながっていないことを示している。ルーターを通さずに光ファイバーの接続装置とパソコンをつないでもネットに接続できない。こうなるとルーターよりも上流の問題、つまりプロバイダー側の問題ということになる。プロバイダーに連絡をとったところ、ケーブルの異常も考えられるとのことで、昼の休憩時間に自宅にもどりケーブルを交換したが、症状変わらず。その旨プロバイダーに伝え、結局夕方工事担当者が来て、光ファイバーの接続装置の故障だということが分かり、装置を交換して、無事に接続できるようになった。
 
 早合点してルーターを買い換えるのではなかったなあ、まず光ファイバーの接続装置をパソコンを直接つないでどうなるか試すべきだった。そうすれば早期にプロバイダー側の問題だと気づいたはずだ。それにしても、この1週間は疲れた。

2009年11月24日火曜日

ゲルギエフ



 ワレリー・ゲルギエフは今もっとも人気のある指揮者の一人であり、一般には爆演系と言われている。今夜はそのゲルギエフとマリインスキー歌劇場管弦楽団のコンサートを聴いた。

 プログラムは前半はムソルグスキーの歌劇「ホヴァーンシチナ」より前奏曲(金管合奏版)、交響詩「禿山の一夜」(金管合奏版)、歌曲集「死の歌と踊り」であり、後半はチャイコフスキーの交響曲第5番、アンコールがチャイコフスキーの「くるみ割り人形」からアダージョとトレパックであった。

 前半はちょっとなじめなかったが、後半のチャイコフスキーは良かった。さすが爆演系、金管部隊も大活躍で最終楽章はおおいに盛り上がった。こういうゲルギエフを音が大きいだけと冷ややかに見ている人もいるのは承知しているが、充分楽しめたのでまあいいんじゃないですか。

2009年10月18日日曜日

加藤和彦氏を悼む

 加藤和彦という人には飄々として人生を楽しんでいるというイメージがあり、自殺ということとはもっともかけ離れた人だと思っていた。もっともっと生きて、すばらしい音楽を作っていってもらいたかった。

2009年10月12日月曜日

ボブ・ディラン



 ボブ・ディランが好きだった。このジャケットの恋人といっしょの若いディラン、青春を感じさせて良い写真だと思う。このジャケットが好きだという人は多いようだ。





 一方、このジャケットも好きだ。この時代はプロテストソングという言葉があった。その雰囲気を伝えている。

 今のボブ・ディランは聴いていないなあ。

 

2009年9月13日日曜日

市民オペラは相性が合わない

 昨年でこりたはずの市民オペラ、今回はイタリアから指揮者、韓国から男性歌手を招聘し、国内の歌手はオーディションで選考、オーケストラはプロということで、そこそこのレベルが期待できたので行った。

 結局一幕で帰ってきた。椿姫だから、圧倒的に主役のヴィオレッタの比重が高い。これがまずいと台無しである。主役も外国から招聘すれば良かったのだろうが、そこまですると市民オペラとしての主体性がなくなってしまうのだろう。

 行く前の午前中カルロス・クライバー指揮のコトルバスの椿姫を聴いて、帰ってからはネトレプコの椿姫で口直しをした。

2009年8月25日火曜日

新型ワクチンの安全性


 以下はウェブサイトからの転載である。
 1976年に米国で、今回と同じくH1N1型で豚から由来したインフルエンザが流行した。陸軍訓練基地で、新兵の間で豚型インフルエンザの集団発生が起こった。
 米国の当局は新たな流行を恐れ、総ての米国国民に豚型インフルエンザワクチンの予防接種を受ける機会を提供し、それに必要なワクチンを早急に製造するとの対策を提案。当時のフォード大統領は1億3500万ドル(現在の価値では5億ドルに相当)という巨額を投じ、実行に移すことを決めた。
 10月から予防接種が開始、ところが11月末ぐらいから接種者の間で、副作用のギラン・バレー症候群の発生が報告され始めた。緊急調査でワクチン接種者からのギラン・バレー症候群の発生は非接種者の約7倍であることが判明した。結局1976 年12月には、接種キャンペーンは中止された。
 このインフルエンザの流行は、推定感染者約500人、入院などの患者12人、死亡は最初の新兵1人。ワクチンは4000万人に接種して約500人という割合でギラン・バレー症候群が発生し、30人~50人死亡している。



 このような記事を読むと新型インフルエンザワクチンの安全性は大丈夫だろうかと心配になる。国産のものはこれまでの季節性と同じ製法であるので、副作用も同等と考えてよいだろう。しかし輸入のワクチンを国内の試験をせずに接種するのは危険なのではないか。新型インフルエンザにかかった人のほとんどが重症化せずに治癒することを考えると、リスクを冒す必要があるのだろうか。しかも新型ワクチンの効果は従来の季節性と同じ程度だろうから、接種すればかからないというものではない。かかる可能性が半分に減るくらいだろう。
 かかっても重症化する可能性の少ない人への接種は遅れてもよいから、国産のワクチンだけでまかなう方がよいのではないか。