2007年12月31日月曜日

餅は餅屋



 雪がちらついている大晦日の朝、創業100年という老舗の餅屋さんは大忙しだ。餅は、餅屋の店頭で買った餅の方がおいしい。

2007年12月30日日曜日

効かない?

 うすうすは感じていたが、インフルエンザワクチンは思っているほどには効かないようだ(批判派の人たちが主張するように全く効かないかどうかはともかくとして)。私や息子もワクチンを打っているのにインフルエンザにかかったし、まわりでもワクチンを打ったのにインフルエンザにかかったという人があまりにも多い。

 元々、インフルエンザワクチンには弱点がある。インフルエンザウイルスは急速に変異するため、ワクチンがそのとき流行しているウイルスにうまく合いにくいこと、またウイルスを殺して作った不活化ワクチンであり、しかもウイルスの一部(HAタンパク)だけをワクチンにしているので、充分な抗体ができにくいといった点である。

 鼻に噴霧する生ワクチンが開発中ということだから、将来はもっと効果のあるワクチンができるのだろうが、非常に変異しやすいインフルエンザウイルスの性質を考えると、インフルエンザに対するワクチンにはどうしても限界があるということになる。

2007年12月27日木曜日

ブラームスはお好き

 「ブラームスはお好き」というのはサガンの小説の題名であるが、メキシコの指揮者であるエンリケ・バティスに「ブラームスはお好き」と聞いてみたい。
 バティスは爆演系指揮者として、一部熱烈なファンがいる。彼のベートーヴェンの7番は世界最速の演奏と言われており、私も聴いたが、そもそもベートーヴェンの7番は爆演系の曲なので、バティスの指揮が別に変だとは感じなかった(良いとも思わなかった)。
 でもブラームスは変だ。ブラームスの音楽は暗くてじめじめしている。4つある交響曲の中でも3番と4番は暗い。ところがバティス指揮のブラームスの交響曲はぜんぜん暗くない。あっけらかんとした明るい演奏なのだ。こういう演奏をおもしろがる人もいるだろうが、ちょっとついて行けないなあ。
 バティスは悲哀系の音楽は合わないのかと思うと、バティスが指揮した悲哀系のチャイコフスキーの6番「悲愴」は名演とされているらしい。これは聴かねばなるまい。今度も変だったら、ほんとに怒るぞ。

2007年12月24日月曜日

インフルエンザ



 末っ子がつくったクリスマス・ケーキ。
 実はこの子が12月21日突然の39度の発熱のため、小学校を早退した。検査でA型インフルエンザであった。予防注射をちゃんと2回したのに感染してしまった。2~3日は熱が続くかと思ったが、翌朝からは発熱はなくなり食事もとれるようになった。こんなに早く回復したのはその夜に吸入したリレンザの効き目なのか、あるいは予防注射をしていたためなのか。インフルエンザが一日で自然に良くなるとは思えないので、リレンザとワクチンの両方の相乗効果なのかも知れない。
 インフルエンザに対する抗ウイルス薬に対して批判的な医学関係の人たちがいる。その人たちはワクチンに対しても批判的である。ワクチンは感染予防に効果がないし、重症化も防げない、抗ウイルス薬は1日早く良くするだけだ、両方とも副作用の心配がある、という批判だ。
 私も数年前インフルエンザにかかったことがある。12月31日に発熱した(その前日、いやに体がだるかった)。やはりワクチンは打っていた。その時は熱が出て3日目からタミフルを飲んだので効き目も悪く、正月休みの間寝込んでいた。かなりしんどかった。批判派はたった1日早く良くなるだけだというが、あのしんどさが1日早く良くなるのならば、抗ウイルス薬を使う価値はあると思う。

2007年12月17日月曜日

ホルモンのてんぷら




 B級グルメではあるが、ホルモンのてんぷらという食べ物がある。これは全国どこにでもあるというものではなく、地域性があるようだ。私の職場から歩いていける距離にある上の3店はホルモン好きの人には有名な店らしい。
 しょっちゅう食べたいとは思わないが、たまに食べるとおいしい。

2007年12月16日日曜日

マルセイバターサンド

 子供の頃から乾しぶどうがきらいだった。北海道帯広市の六花亭のマルセイバターサンドがおいしいとは聞いていたが、乾しぶどうが入っているので食べたことはなかった。ところがどういうわけか最近乾しぶどうがにがてでなくなった。そこでマルセイバターサンドを食べてみた。なるほど確かにこれはおいしい。これからたびたび食べよう。何か得をした気分だ。

2007年12月13日木曜日

ケペル先生


 「ものしり博士」のケペル先生は子供の頃、毎週見ていた。「何でも考え~何でも知って~何でもかんでもやってみよう~」というテーマソングはまだ覚えている。
 このこどもテレビ百科事典とも言われたお勉強番組は、1961(昭和36)年4月~1969(昭和44)年4月までの期間、毎週土曜日の夕方5時45分~6時にNHK総合で放送されたとのこと。8年間も続いたのか、そうすると私が見ていたのは最初の数年間なのだろう。
 今、ケペル先生の写真をみると、ちょっとこわい感じがするがその頃はこわいなんてぜんぜん思わなかった。