2008年2月21日木曜日

キット屋店主日記削除の謎

 真空管アンプキットのネット販売をしているキット屋の店主日記1月27日分が1月28日早朝アップされたが同日午後に削除された。
 私は朝その日記を読んだ。それは、キット屋の製品を買った客がその音を気に入らず、店主が訪問し自分たちの力不足で申し訳ありませんと土下座し、製品を引き上げて料金を返済したという内容だった。ただ、返品は客が言い出したことではなく、店主が申し入れたということだった。
 これはかなり問題がある。自己責任で買っておいて気に入らないと文句をつけると返品に応じてくれるということになると商売が成り立たなくなる。 
 この日記にはメールや電話が殺到し(私も電話した)、「多くの方のご助言により削除させていただきました」ということになった。
 ふつう返品に応じるべきでないのに、自ら申し出たということは何か込み入った事情があるのだろうと思っていたが、2ちゃんねるでの情報で謎がとけた。

 2ちゃんねるではこの客は長野のT先生だということだ。長野のT先生は弁護士でキット屋ではVIP顧客であった。オーディオマニアでaudiofan.netの発言からはかなりの自信家とみられる。
 おそらく、T先生は店主を呼びつけて製品の気に入らない点をねちねち意見したのだろう。返品しようという考えはなかったと思う。ところが、自分の店の製品にプライドを持っている店主が切れてしまって、もうこういう人には、自分のところの製品を使ってもらわなくて結構ということで、返品を申し出てT先生と縁切りしたのだろう。

2008年2月3日日曜日

シベリウスってやっぱり2番がいいよね

 シベリウスはヴァイオリン協奏曲と交響曲2番が人気があり、私も好きである。
 シベリウスの交響曲は7曲あり、2番が一番人気があるのだが、2番が好きなのは初心者、通は4番や5番、7番を選ぶというような風潮がある。
 この前N響のヴァイオリニストのウェブサイトを見たら、ヴァイオリン協奏曲と交響曲2番がもっともシベリウスらしいとあった。なんだ、プロも2番が好きなんじゃないか。
 2番の交響曲の終盤、もうすぐ春が来る、でもまた雪がちらつくというような雰囲気がある。そこのところでいつも北海道の冬を思い出す。

 北国で過ごすとシベリウスの良さがいっそう分かるような気がする。

2008年1月27日日曜日

バティスの「悲愴」

 ブラームスをからっと明るく演奏して一部のブラームス・ファンの怒りをかったエンリケ・バティスだが、同じく悲哀系のチャイコフスキーの演奏はどうなのか。

 チャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」を聴いた。これがなかなか良いのである。なぜブラームスはだめでチャイコフスキーは良いのか。
 悲哀系といってもブラームスは地味でじめじめしている。あくまでも内にこもっている。一方チャイコフスキーは派手なのである。大泣きしている。 
 私にとってチャイコフスキーはちょっとやりすぎのように感じてにがてだった。
だが、バティスのようなからっとした演奏ならばしつこくなくて聴ける。

 まあ、いろいろ相性はあるものですな。

2008年1月14日月曜日

ニューイヤーコンサート


 上の写真はデジカメの美術館モード(フラッシュなし、シャッター音なし)で撮ったので、周りには迷惑をかけていないが、もちろんコンサート中に写真撮影をするのはマナー違反です。
 今日はオーケストラ・アンサンブル金沢のニューイヤーコンサートに行った。指揮は井上道義さん、ゲストはソプラノ歌手の森麻季さん。ニューイヤーコンサートというのはシュトラウス・ファミリーなどのワルツが中心になる。どうしてそういうことになっているのかは知らない。正直、曲目には興味がなかったが、オーケストラ・アンサンブル金沢を聴いてみたかったのと、森麻季の歌を聴きたかったので行ってみた。オーケストラ・アンサンブル金沢は小編成なので、管楽器は鳴るが、弦楽器がうすい感じがした。井上さんは相変わらずトークが楽しい。
 森麻季はこのコンサートで良かったらCDを買おうと思っていた。最初の歌のムゼッタのワルツを聴いて、二階の私の席まで声が通らないと感じた。その歌が終わったとき、「この人の声にはこのホールは大きすぎるのです」と井上さんからのフォローがあった。確かにそうだと思う。もう一回り小さいホールであれば実力を十分発揮できたのだろう。アンコールで歌ったオペレッタ「こうもり」の中の歌はなかなか良いと思ったが、CDは買わないことにした。
 アンコールに、ふつうニューイヤーコンサートではやらないショスタコーヴィチを演奏したのが井上さんらしかった。ジャズ組曲IIのポルカであった。
 最後はお決まりのラデツキー行進曲で終了となった。

2008年1月12日土曜日

未聴のCD

 ボックスセットが2箱届いたということもあって、封を切っていないCDが40枚になっている。 バッハの教会カンタータ全集60CDやスカルラッティのチェンバロ・ソナタ集34CD、カイルベルト指揮のワーグナーのリング14CDなど、封は切ったが全部は聴いていないものもあるので、未聴のCDは100枚を超える。

 それでも欲しいCDが出てきて注文してしまう。これは買うことによってストレスを解消しているのであろう。まあ、不要なものを買っているわけでもないし、生活が破綻するほど買っているわけでもない。それに未聴のCDがたくさんあるというのは何千枚ものCDやレコードを持っている人にはめずらしくないようだ。ということで、私は買い物依存症という病気になっているわけではないと言える。

2008年1月5日土曜日

ロック野郎

 歳をとってもロックを聴き続けている「ロック野郎」といわれる人たちがいる。素直にすごいと思う。私はもうロックはだめだなあ。高校生の頃は夢中で聴いていたが、今はめったに聴くことがない。今日はそのめったにない日だ。

 どういうわけか、クラシックを聴く気がしなくて、ロックを聴いている。まず、ピンク・フロイドの「the dark side of the moon」、プログレッシブ・ロックという範疇に入る。
 昔はプログレッシブ・ロックというのは進歩的で芸術性も高いのだと信じて、よく分からないまま聴いていた。このプログレという音楽、今聴くと小賢しい小手先の音楽のように聴こえるものが多い。尖がっているようで実はぜんぜん尖がっていないのだ。
 ピンク・フロイドの名盤とされるこのアルバムも途中で聴くのをやめた。次にキング・クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」、これはビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を蹴落としてチャートの一位になった由緒あるアルバムである。やはりプログレの範疇に入る。ピンク・フロイドのアルバムよりも聴ける。だがやはり途中でギブアップ。
 それではこれでどうだ、ヴァン・モリスンの「veedon fleece」。昔はヴァン・モリスンやローリング・ストーンズのようなストレートで濃いロックはにがてだった。でも今聴くとこのストレートさが良い。ああ音楽だなあと感じる。

2008年1月4日金曜日

黄金の10年

 数年前、日本経済新聞は元旦からの連載記事で「これから黄金の10年が始まる」と高らかに日本経済の復活を宣言した。そのとき、随分と違和感を覚えた。あまりに楽観的にすぎるのではないか、これは科学的な分析結果というよりも、日本人に自信を持たせ経済に良い影響を与えようという世論操作ではないかという気持ちを持った。
 そして今年の元旦からの連載記事は「YEN漂流・縮む日本」である。今日、1月4日は「気がつけば途上国」という見出しが躍っている。日本経済新聞は「黄金の10年」説をとなえたことにまず自己批判すべきであろう。