2009年11月24日火曜日

ゲルギエフ



 ワレリー・ゲルギエフは今もっとも人気のある指揮者の一人であり、一般には爆演系と言われている。今夜はそのゲルギエフとマリインスキー歌劇場管弦楽団のコンサートを聴いた。

 プログラムは前半はムソルグスキーの歌劇「ホヴァーンシチナ」より前奏曲(金管合奏版)、交響詩「禿山の一夜」(金管合奏版)、歌曲集「死の歌と踊り」であり、後半はチャイコフスキーの交響曲第5番、アンコールがチャイコフスキーの「くるみ割り人形」からアダージョとトレパックであった。

 前半はちょっとなじめなかったが、後半のチャイコフスキーは良かった。さすが爆演系、金管部隊も大活躍で最終楽章はおおいに盛り上がった。こういうゲルギエフを音が大きいだけと冷ややかに見ている人もいるのは承知しているが、充分楽しめたのでまあいいんじゃないですか。

2009年10月18日日曜日

加藤和彦氏を悼む

 加藤和彦という人には飄々として人生を楽しんでいるというイメージがあり、自殺ということとはもっともかけ離れた人だと思っていた。もっともっと生きて、すばらしい音楽を作っていってもらいたかった。

2009年10月12日月曜日

ボブ・ディラン



 ボブ・ディランが好きだった。このジャケットの恋人といっしょの若いディラン、青春を感じさせて良い写真だと思う。このジャケットが好きだという人は多いようだ。





 一方、このジャケットも好きだ。この時代はプロテストソングという言葉があった。その雰囲気を伝えている。

 今のボブ・ディランは聴いていないなあ。

 

2009年9月13日日曜日

市民オペラは相性が合わない

 昨年でこりたはずの市民オペラ、今回はイタリアから指揮者、韓国から男性歌手を招聘し、国内の歌手はオーディションで選考、オーケストラはプロということで、そこそこのレベルが期待できたので行った。

 結局一幕で帰ってきた。椿姫だから、圧倒的に主役のヴィオレッタの比重が高い。これがまずいと台無しである。主役も外国から招聘すれば良かったのだろうが、そこまですると市民オペラとしての主体性がなくなってしまうのだろう。

 行く前の午前中カルロス・クライバー指揮のコトルバスの椿姫を聴いて、帰ってからはネトレプコの椿姫で口直しをした。

2009年8月25日火曜日

新型ワクチンの安全性


 以下はウェブサイトからの転載である。
 1976年に米国で、今回と同じくH1N1型で豚から由来したインフルエンザが流行した。陸軍訓練基地で、新兵の間で豚型インフルエンザの集団発生が起こった。
 米国の当局は新たな流行を恐れ、総ての米国国民に豚型インフルエンザワクチンの予防接種を受ける機会を提供し、それに必要なワクチンを早急に製造するとの対策を提案。当時のフォード大統領は1億3500万ドル(現在の価値では5億ドルに相当)という巨額を投じ、実行に移すことを決めた。
 10月から予防接種が開始、ところが11月末ぐらいから接種者の間で、副作用のギラン・バレー症候群の発生が報告され始めた。緊急調査でワクチン接種者からのギラン・バレー症候群の発生は非接種者の約7倍であることが判明した。結局1976 年12月には、接種キャンペーンは中止された。
 このインフルエンザの流行は、推定感染者約500人、入院などの患者12人、死亡は最初の新兵1人。ワクチンは4000万人に接種して約500人という割合でギラン・バレー症候群が発生し、30人~50人死亡している。



 このような記事を読むと新型インフルエンザワクチンの安全性は大丈夫だろうかと心配になる。国産のものはこれまでの季節性と同じ製法であるので、副作用も同等と考えてよいだろう。しかし輸入のワクチンを国内の試験をせずに接種するのは危険なのではないか。新型インフルエンザにかかった人のほとんどが重症化せずに治癒することを考えると、リスクを冒す必要があるのだろうか。しかも新型ワクチンの効果は従来の季節性と同じ程度だろうから、接種すればかからないというものではない。かかる可能性が半分に減るくらいだろう。
 かかっても重症化する可能性の少ない人への接種は遅れてもよいから、国産のワクチンだけでまかなう方がよいのではないか。

2009年8月23日日曜日

アフィニス・合同オーケストラ演奏会

 アフィニス夏の音楽祭・合同オーケストラ演奏会
  メンデルスゾーン:弦楽のための交響曲第9番ハ長調
  コープランド:クワイエットシティ
  ハイドン:協奏交響曲変ロ長調HobI-105
  ムソルグスキー(ラヴェル編):展覧会の絵
 
 1曲目のメンデルスゾーンはほとんど眠っていた。メンデルスゾーンやドヴォルザークの曲はこれまでも眠ってしまうことが多かったが、またやってしまった。旋律が心地よいためだと思う。コープランドの静かな曲の方が眠ってしまいそうなものだが、コープランドはしっかり起きて、都会のひんやりした夜のイメージを感じた。

 展覧会の絵はムソルグスキーが友人の展覧会の印象を表現したもので、原曲はピアノ独奏曲である。ラヴェル編曲の管弦楽版は極彩色でドハデな曲である。オーケストラの面白さを味わうにはうってつけの曲であり、満喫しました。
 でも、この曲って展覧会の個人的な印象なわけで、それがここまで巨大に膨張するというのはふつうの精神世界ではない。元々の曲の意味を考えると、原曲のピアノ独奏曲が正解という気がする。まあ、標題音楽ではなく絶対音楽として原曲とは別の曲として聴けば問題ないのかも知れないが。

2009年8月22日土曜日

アフィニス・室内楽演奏会

 今夜のアフィニス夏の音楽祭・室内楽演奏会3は前半退屈で、はずれかと思ったが、後半の金管楽器だけの編制の曲が良くて、結局行って良かったということになった。
 金管楽器だけの曲というのはこういう機会でもないと聴くことがない。今夜は金管楽器の魅力を知ることができて得をした気分だ。

 プログラムは
 モーツァルト:ディヴェルティメント変ホ長調K.166
 マルティヌー:九重奏曲第2番
 ブルッフ:弦楽八重奏曲変ロ長調
 アーノルド:金管五重奏曲Op.73
 エワルド:金管五重奏曲第1番「シンフォニー」
 スザート:スザート組曲